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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和53年(う)132号 判決 1979年5月25日

本籍並びに住居

宮崎市永楽町二二番地

無職

黒原道貫

明治四四年三月一九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五三年一一月二〇日宮崎地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は検察官伊津野政弘出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月及び罰金六〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人辰已孝雄が提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

所論は、被告人に対する原判決の量刑が不当に重いというので、原審記録を精査し、当審における事実取調の結果をも検討し、これらに現われた本件犯行の罪質、態様、動機、結果、被告人の年令、性格、経歴、犯罪後における被告人の態度など量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察するに、本件は不動産業を営んでいた被告人が老後の生活資金等に備えるため、昭和四八年度分の総所得金額につき経理上、支払仲介料及び手数料等を架空計上するなどの不正の方法により、その年度の所得税四〇五六万三〇〇〇円を免れたという事案であって、領収書等につき架空人物を仕立て取引したように見せかけるなど計画的偽装工作をしていること、その逋脱額が大きいこと等を考慮すれば、原判決の量刑も故なしとしない。しかしながら被告人は本件犯行後脳出血により入院し、現在もなお左片麻痺による機能障害のため入院加療中の身体障害者であり、その所有不動産は本件の修正後税額及び重加算税額合計五三五八万円余の未払のため差押を受け、内二六七三万円余が原判決後右競売により支払われ、その残額も右差押財産により完納見込であるが、他に処分すべき財産はないこと、現在六八才の高齢であること、その他所論指摘の家庭事情などの諸点を考慮すれば、現時点においては原判決はその併科罰金額の点においていさゝか重きに失しこれを是正する必要があると認められる。論旨は右の限度において理由がある。

よって刑訴法三九七条、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に自判することとする。

原判決が認定した事実に対する法令の適用は原判決摘示のとおりであるから、これを引用して、被告人を懲役六月及び罰金六〇〇万円に処し、罰金不完納の場合の労役場留置につき刑法一八条を、刑の執行猶予につき同法二五条一項を、原審の訴訟費用を負担させないことにつき刑訴法一八一条一項但書を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉島廣利 裁判官 富永元順 裁判官 松信尚章)

○ 控訴趣意書

被告人 黒原道貫

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴趣意は次のとおりである。

昭和五四年一月一六日

弁護人 辰已孝雄

福岡高等裁判所

宮崎支部御中

一、原判決は刑の量定が不当である。すなわち、

1. 被告人は、今回の所得税法違反についての犯意は極めて偶発的なものであり、また、税理士の所得税申告についての指導の不充分さを被告人が軽信したこと、並びに被告人自身の老後の保障を確保するために苦慮したことが動機となっている。国民として納税義務の誠実な履行をなすべきものであることは勿論であるが、原判決の刑の量定は余りにも重きに失すると思料する。

2. 被告人の修正納税額は金四、〇五六万三、〇〇〇円であるから、被告人は右税金の支払義務を現に負担している。

3. 被告人は現在家屋と土地を売却して税金を支払うべく苦慮していることは明白である(記録九〇八丁、並びに第四回公判廷における被告人の供述等々)。

しかし、被告人所有の不動産は全部国税庁の差押を受けており、それがために権利に瑕疵があるとして中々思うように売却できない現状である。しかし、いずれにしても税額に見合うだけの不動産は差押えられているのであるから方法はどうあれいずれは完納されることが明らかである。

4. その上、右税金を完納していないので、重加算税が一、二一八万〇、六〇〇円加算されることになっている。止むを得ない加算額であるとはいえ、それ自体被告人にとっては刑罰的要素を帯びており、過重な負担である。

5. 被告人は、本件によって、所得税を免れたものと軽信し、免れた金員を費消してしまっているので現在においては生活に困る程、困窮のうちにあるのに、原審判決の罰金八〇〇万円は余りにも高額であり、被告人にとっては到底堪えられない量刑である。

6. 被告人は、右不動産を売却したあとは住むべき家もなくなり、その上、左片麻痺による左下肢機能障害にて、身体障害者第四級の認定を受ける程の身体障害があり起居に際しても妻の介助がなくては行動すら自由にできない状態である。

被告人が元気でさえあれば罰金も重加算税も金策できるだけの才能の持主であるが、何せ病身の現在では誰も相手にしない現状である。

かかる被告人に対し、罰金八〇〇万円を併科し、金一〇万円を一日に換算した期間、労役場に留置することは被告人の現在の経済状態では到底右罰金の完納は不可能であり、労役に従事することのできない身体的障害を有する被告人にとって右罰金刑の併科は甚だ酷であるといわねばならない。

7. 被告人は本件所得税法違反被告事件を惹起して以来というものは、被告人の子ども達との仲もおかしくなり、誰も寄りつかなくなってしまった。そして、子ども達からも信用されず、淋しく妻の援助を頼りに生きている現状である。かかる被告人にとっては今後、再犯の可能性は全くあり得ない。

8. 所得税法第二三八条一項の規定は三年以下の懲役もしくは五〇〇万円以下の罰金に処するとして原則的には刑は懲役刑か罰金刑を選択して一方だけを科すべく規定されている。ただし、自由裁量として右懲役刑と罰金刑を併科し得ることにはなっているが、原則は右に述べたとおりである。本件の被告人の前述の事情、すなわち、身体的障害、再犯の可能性、税金完納の可能性、重加算税の完納の可能性、等を考慮に入れるならば、本条の科刑の原則を越えてまで過重な刑を併科しなければならないものとは考えられない。

まして、同条第二項の五〇〇万円をこえる八〇〇万円の刑を併科することは刑の量定が余りにも重きに失すると思料する。

何とぞ被告人に対し、罰金刑の併科を削除していただきたいと希望する次第であります。

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